我が家に神棚をお祀りすることについて

スポーツジムや柔道といった昔ながらのスポーツに関する道場には、神棚がお祀りされているのをよく見ることがあります。正々堂々と、心の重んじる中心を据えて戦う、神様のメッセージかなと思える、心を問う言葉でもありますよね。私も極真を習っていたときに、同情に神棚を見て、何か悪い気持ちがあると、ソワソワしたものでした。不思議ですが、こういった気持ちを正してくれるパワーは、言葉や理屈ではないと思います。

我が家にも神棚をお祀りすることになり、引っ越しをして、これからの気持ちを正しくといった、祖父の案でした。別に悪いことをするわけでもなく、何かを信仰してといった怪しいものでもなく、自然に神様をお祀りする、自然の神様を信じている祖父は、そう言った気持ちで救われたことがあるといいます。私も社会人になり、ほとんど子ども時代に、自然の多い田舎で育ち、そのときに済んでいた家には、確かに神棚が祀られていたように薄いベールにくるまれたようなそんな記憶しかありませんでした。ですが、中央にある神鏡を見ていると、確か神様がそこから見ていると、祖父に言われた記憶がありました。

祖母が前の家でなくなって、祖父が私たちと一緒に暮らすことになったのが5年前です。そして、やっと慣れてきたのだろうか、祖父の笑顔が戻り、私たちも話をするようになりました。父は、そういった経緯から、神棚をお祀りしたいという祖父の願いを叶えて、取り組んだように思います。だけど、お祀りしてから、空気も変わり、すごく気持ちよく生活がなりたつように感じました。母も、落ち着くのよねと笑顔になり、何だかいい感じです。詳しく分かりませんが、こういった効果というのは、神棚をお祀りすることによって、得られたというべきだろうと、思います。

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